アニメしか観ません

死ぬまでオタク

フジテレビアニメ/テレビ朝日系アニメ

※2011年の夏に書いた文章です。

笑ってやってください。 

 

フジテレビ

 

 言うまでもなくフジテレビは『鉄腕アトム』を最初に放送したテレビ局である。
 以後、虫プロダクションタツノコプロの作品を中心に放送していくのだが、東映動画の『ゲゲゲの鬼太郎』・エイケンの『サザエさん』といった長期シリーズも生まれた。
 そして1969年の『どろろ』『ムーミン』を皮切りにカルピスまんが劇場が生まれた。やがてカルピスまんが劇場はこども劇場、ファミリー劇場世界名作劇場と題名を変えていく。『アルプスの少女ハイジ』を発端とし『フランダースの犬』にはじまる名作シリーズは放送局の良心を担保した。


 1972年に放送開始された『マジンガーZ』は巨大ロボットアニメの端緒だった。以後東映動画のロボットアニメは『ゲッターロボ』『グレートマジンガー』『ゲッターロボG』『UFOロボ グレンタイザー』『大空魔竜ガイキング』『惑星ロボダンガードA』と次々に放送されていくが、それがひと段落したころに『Dr.スランプ』のアニメ版を制作することになる。以後、フジテレビ―東映週刊少年ジャンプの強力なラインが今に続いている。
 

 タツノコプロタイムボカンシリーズも人気を博していたが、1983年にあえなく打ち切られる。やがてタツノコプロとフジテレビは交渉しなくなった。かわってタツノコプロ直系のスタジオぴえろが台頭。高橋留美子の『うる星やつら』を制作し評価を高めていく。以後もスタジオぴえろはフジテレビで大量にアニメを作ったが、やはり代表作は『幽☆遊☆白書』であろう。
うる星やつら』の後期を担当したスタジオディーンが『めぞん一刻』『らんま1/2』と引き続き高橋留美子の漫画をアニメ化する一方、あだち充の『タッチ』をグループ・タックがアニメ化、高視聴率番組となった。


 90年代に入ると『ドラゴンボールZ』『ちびまる子ちゃん』『キテレツ大百科』が気を吐くのを尻目に、ゴールデンタイムのアニメがどんどん縮小していく。1997年に世界名作劇場が終了。同年に孫悟空も視聴者に別れを告げ、花菱烈火や緋村剣心も苦闘を続けていた。
 

 90年代後半には主戦場がはっきりと日曜朝に移る。その象徴がデジモンシリーズだ。とくに第一作『デジモンアドベンチャー』は脚本、演出が出色の出来で、いまだに同世代間では主題歌を歌えば、通じる(個人的には、デジモンアドベンチャーが90年代のガンダムだと思っている)。


 2006年にはずっとゴールデンで気を吐いていた『ワンピース』が日曜朝に引っ越すという大事件が起こる。これを持って19時台のアニメ枠が全廃される。


 深夜アニメはどうだったか? 『ヘルシング』に端を発する2000年代前半の深夜枠はフジテレビにとって忘れたい過去だろう。あのころのフジ深夜でいま観返す価値があるものといえば『灰羽連盟』くらいではないだろうか*1 。わたしはあのころのアニメをすべて見たわけではないが、『ラーゼフォン』の迷走ぶりがすべてを代弁しているように思う。
 

 

 こうやってフジテレビ系アニメの流れをつらつらと書いていってわたしは何が言いたいのか?
 それは名作と呼ばれるアニメの大半が昭和に放送されているということだ。サザエさんは昭和からやっているし、ちびまる子ちゃんも昭和が舞台である。昭和というのがフジテレビ系アニメのキーワードだ。フジテレビのアニメは昭和のアニメだ。
「平成になってからのフジテレビアニメで本当に面白かったのは『デジモンアドベンチャー』と『灰羽連盟』だけだ」そう極論したくなるほど、わたしは近年のフジテレビアニメにピンと来ない*2


うる星やつら』のアヴァンギャルド性はいま見ても凄いし、『めぞん一刻』と『タッチ』は長く愛される作品だろう。もちろん『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』などの名作シリーズ黄金期の作品が普遍的なのは言うまでもない。タツノコプロのキャラクターも長く愛されている。しかし、それらはすべて昭和のアニメなのだ。

 

 

 

テレビ朝日

 

 テレビ朝日はかつて『日本教育テレビ(NET)』という社名であり、教育局として出発した。その背景が、子供向け番組を大量に制作させた。
 

 テレ朝(旧NET)を語る上で避けて通れないのが東映アニメーション(旧東映動画)との関係。まさにテレ朝(NET)と東映は一蓮托生だったのだ。
 

 NETの国産アニメ第一作も東映作品だった。『狼少年ケン』。天才アニメーター・月岡貞夫が毎週の放送を劇場クオリティで作ろうとしたが、あえなく破たんした番組だ。東映は『ケン』制作の代償として月岡を失う。
 以後東映はNETで『宇宙パトロールホッパ』『ハッスルパンチ』などオリジナル作品を中心に発表。そして1966年にエポックメイキングな番組が開始する。そう、『魔法使いサリー』だ。世界初の少女向けアニメ。魔法少女アニメの端緒である。『サリー』の後番組が『ひみつのアッコちゃん』。変身美少女ものの古典だ。以後東映魔法少女アニメは『魔法のマコちゃん』『さるとびエッちゃん』『魔法使いチャッピー』『ミラクル少女リミットちゃん』『魔女っ子メグちゃん』と続いていく。
 1974年の『破裏拳ポリマー』(タツノコプロ)以前は東映動画作品がNET制作のすべてだった。つまり寡占である。その間に『デビルマン』『バビル2世』『キューティーハニー』といった名作も生まれた。


 1975年の『勇者ライディーン』は当初あの富野喜幸が監督だったが、途中で更迭され「東京ムービー天皇長浜忠夫にスイッチ。長浜はNET→ANBで『コン・バトラーV』『ボルテスV』『闘将ダイモス』といった若者をも視野に入れた巨大ロボットアニメを制作。今日に至るまで『長浜ロマンロボ』という呼称が定着しているシリーズだ。
 

 また系列局・名古屋テレビの動向も見逃せない。1977年に今度こそ富野を監督に据えて『無敵超人ザンボット3』を放映。人間爆弾、特攻など極めてシリアスなテーマを扱った本作は『機動戦士ガンダム』につながっていく。
 

 そして『ガンダム』の1979年にはテレ朝とシンエイ動画藤子不二雄の結びつきも生まれる。そう、『ドラえもん』だ。1973年に日本テレビで放映された旧シリーズは失敗だったが、今作は2011年の今日に至るまでスタッフ・キャストを変えつつ続いている。1979年はロボットの年だった。


 80年代には『パーマン』『怪物くん』『オバケのQ太郎』がリメイク、『忍者ハットリくん』が待望のアニメ化。そのほかにも『プロゴルファー猿』『エスパー魔美』などなど、藤子作品がつねに複数放映されていた。その象徴が『藤子不二雄ワイド』だ。藤子作品はテレ朝の看板番組だった。80年代が藤子アニメの全盛期だった。
 

 80年代のもうひとつの流れが名古屋テレビのロボットアニメだ。1982年の『戦闘メカザブングル』から五年連続で富野由悠季の戦場ロボットアニメが放映。中高生も見れるテレビアニメだった。しかし1985年の『機動戦士Zガンダム』が波紋を呼び、翌86年の『機動戦士ガンダムZZ』において富野の戦場アニメの求心力は決定的に低下する。
 

 いっぽう東映動画といえば、1986年の『聖闘士星矢』が後続作品に多大な影響を与え、『少年ジャンプ』との結びつきも決定的なものとなる。東映・ジャンプ・テレ朝と三拍子そろった最大のヒット作が1993年の『スラムダンク』だった。また1984年には日曜朝のアニメ枠を開拓。現在まで続く東映朝日放送の結託の始まりである。ただ、テレ朝系の東映作品は、フジ系の東映作品とくらべ傍流の印象が拭えなかった。


 1991年の『きんぎょ注意報!』を直接の契機として、東映の敏腕演出家・佐藤順一をリーダーとして『美少女戦士セーラームーン』プロジェクトがスタート。東映動画最大のヒット作であり、最後の社会現象アニメでもあった*3
 シンエイ動画も新たな局面を迎える。藤子アニメ21エモン』の後番組に選ばれたのは無名の臼井儀人原作の青年漫画・『クレヨンしんちゃん』であった。有識者にくそみそに叩かれるが今日に至るまで続く国民的番組に成長したことは言うまでもない。なお現在『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』は金曜19時台に同居している。


 サンライズ名古屋テレビも方針を転換する。1990年に『勇者エクスカイザー』をスタートさせ、番組の対象年齢を一挙に低下させる。勇者シリーズは8年間続き、90年代前半~中盤の「キッズ・ファミリー向けアニメの時代」の象徴の一角だったといえる。
 サンライズはまた『機動戦士Vガンダム』においてガンダムを復活させようとするが、1996年に『機動新世紀ガンダムX』が早朝枠に左遷され、話数短縮のうえで終了させられるというショッキングな出来事が起こる。
 1998年をもって『勇者シリーズ』が終了。その前年には東映のドル箱アニメ『セーラームーン』も打ち切られ、夕方・ゴールデンタイムの立場が危うくなっていく。


 一方日曜朝枠は、1990年代中盤に『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』の3作品で急激にトレンディドラマ化するものの、「揺り戻し」として1997年に東映が誇る敏腕演出家・佐藤順一を擁し『夢のクレヨン王国』を始動。一挙に対象年齢が下がり、以後今日に至るまで幼女向けアニメ枠として現存する。『クレヨン王国』の後番組『おジャ魔女どれみ』は世紀末の気分を反映した作品だった。
 2003年の『明日のナージャ』の大失敗を踏まえ始動したのが『ふたりはプリキュア』プロジェクトだった。以後基本フォーマットを維持しつつマイナーチェンジしながら今日に至る。プリキュアは間違いなく2000年代を代表するアニメだ。
 

 最後に深夜アニメの話。2004年に、フジテレビの枠がスライドした形でテレ朝の深夜アニメが激増した。しかし、その深夜バブルも3年ではじけることとなる。魅力的な作品が少なかったこと、放送時間が遅かったことが要因だろう。

 


 総括すると、テレビ朝日系アニメは東映動画を端緒とし、シンエイ動画サンライズをも支柱として今日に至る。プリキュアドラえもんクレヨンしんちゃんは元気だが、次の弾がそろそろ待ち望まれている(特にサンライズ)。
 東映動画はなかなかフジテレビの同社の作品と比べ大爆発がなかったが、『セーラームーン』『おジャ魔女どれみ』『プリキュア』の少女アニメで息を吹き返した感がある。
 サンライズは、名古屋テレビとの結びつきが強く、『ガンダム』『勇者シリーズ』とロボットアニメに大きな強みがあったが、近年は早朝枠での放映を余儀なくされており影が薄い*4。新作の少年向けロボットアニメを望むところだ。
 シンエイ動画は、やはり藤子作品を大量に放送した80年代が栄華だった。『ドラ』『クレしん』は偉大なるマンネリとなっているが、藤子・F・不二雄記念館のオープンでもしかしたら過去の藤子作品のリメークがあるかもしれない!?

*1:当時はそう思っていました

*2:当時はそう思っていました

*3:大言壮語です

*4:2017年をもって廃枠。