ガンダムは何度でも殺される

1996年度から1997年度にかけて なぜかテレビ朝日系列で特に テレビアニメの歴史の「区切り」となるような事例が目立つ

 

1.『機動新世紀ガンダムX島流し事件

 

機動新世紀ガンダムX』の放映枠が、金曜夕方から土曜早朝に移った

 

念のためにことわっておくと 1996年度と1997年度 ぼくの家では テレビ朝日系列放送局を 視聴することができなかった

 

ガンダムXの放映時間が 途中でエラいことになったことは 大学生になってから知ったことだ

機動新世紀ガンダムXという作品に初めて触れたのは たぶん『スーパーロボット大戦α外伝』というゲームだったと思う 2001年発売のプレイステーション用ゲームなのだが これでもガンダムXは初参戦作品だった

 

 

スーパーロボット大戦α外伝

スーパーロボット大戦α外伝

 

 

 

主人公ガロード・ランが「ガッツ」という特殊能力を持っていたのが反則だったとか スパロボというゲーム上の話題はまぁいいとして それでもサテライトキャノンが何なのかとかは α外伝で知ったことなのだけれども 肝心の原作(つまりアニメ版)は キッズステーションα外伝発売より何年かあとで 放映されていたと思うのではあるが ガンダムXというアニメ自体に向けて それほど熱意はなかった

 

ガンダムXの枠自体は もともと『機動戦士Vガンダム』(1993年)から始まった枠で 昭和期の『機動戦士ガンダム』『機動戦士Zガンダム』『機動戦士ガンダムZZ』は 名古屋テレビ放送という 中京地区のテレビ朝日系放送局が持っていた枠であるのに対し 『Vガンダム』からのシリーズは キー局テレビ朝日の「直轄」だったという違いがある

『Vガンダム』こそ 原作者であり テレビアニメ作品のガンダムを一貫して監督していた富野由悠季が担当していたのだが いろいろな事情により 『Vガンダム』の後番組は 富野より20歳ほど若い今川泰宏が監督することになり ガンダムの看板は外さない代わりに まったく毛色の違う作品をこしらえることとなった

それが『機動武闘伝Gガンダム』である

そして『Gガンダム』の後番組の監督は かつて80年代末期に『機動戦士ガンダムZZ』の後番組の後番組である『鎧伝サムライトルーパー』の当初の監督であった 池田成が務めることになった のだが その『新機動戦記ガンダムW』においても 池田成は 途中で降り それを引き継いだ高松信司が 『ガンダムW』の後番組たる『機動新世紀ガンダムX』も継続して監督することになった──というのが「内部事情」らしい

 

いわば プロ野球の球団でいえば 『ガンダムW』における高松信司は 池田監督の休養に伴う「監督代行」であり 「次のシーズン(『ガンダムX』)」になって 正式に監督に就任した──とでも言えばいいのだろうか

 

テレビ朝日首脳陣の意向とか  やれ打ち切りだやれ話数短縮だとか 色んなゴシップよりも もっと重大なこと

それは「ガンダムが殺されたこと」 物騒な言い方だが ガンダムのテレビシリーズが途切れた その「途切れ」が 1996年末に起こった これをぼくは偶然に思えない なぜか 「ヨコ軸」で見ると 同時期に いろんな日本のテレビアニメシリーズが やはり「途切れ」ているからだ

 

ガンダムのテレビシリーズ自体は 何食わぬ顔で 1999年に ふたたび富野が監督(総監督)となり 『∀ガンダム』で復活している ただこれはキー局がフジテレビ──富野にとっては『ラ・セーヌの星』以来の縁か──になっており 一部地域では放映されていなかった それに 同年にテレビ朝日系列で放映された特別番組 テレビ映画というべきか 特撮ガンダムというべきか ほら あったじゃないか 『G-SAVIOUR(ジーセイバー)』って特番が みんな忘れてないか たしかに脚本が適当だった悪印象こそありますがねえ